日本の源流

『国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。』
という迫力のある序文ではじまる柳田国男の『遠野物語』。ここから近代日本の民俗学がはじまった。

山人は、サンカとかポン、ミツクリ、あるいは古代に蝦夷と呼ばれた山の生活者たちと同じだろうか。戦後においても日本全国で約一万人のサンカがいたというのだから驚きである。

柳田国男は、こういった山人たちの民俗には日本列島の文化の古層に属する重要な残留物が残っていると主張しているが、もっともな主張だと私も思う。

残念なことに、柳田国男は山人たちの研究で大きな成果をあげることができなかった。
古代史研究家の佐治芳彦氏によると、その原因は
「まず高級官僚(貴族院書記官長=現在なら参議院事務総長に相当)出身の彼は、大正末期から昭和初期にかけての日本の政治思潮を十分に先き取りできる立場にあった。そこで、必ず古代天皇制の問題にぶちあたる「山人=先住民」説を、これ以上追ってゆくことにある種の危険を予感した。つまり、山人=先住民なら、平地人=天孫民族は山の民のものである日本列島の征服者であり、その支配の正当性が大きくゆらいでくる。いいかえれば、天皇の日本列島支配の正統性への疑惑につながりかねない。内務省・文部省・宮内省などに多くの知己をもつ柳田にとっては、この問題に固執し続けることが、きわめてヤバい事態にいたることは十二分に予測できたわけである。」(新國民社刊 『こけし作り 木地師の謎—日本のこころ』)
ということらしい。

天皇の外来は、日本書紀の「国ゆずり」の話やら8世紀の絵師 土佐光信が描いた「巣伏の戦い図」やらを考察すれば、想像に難くない話である。
天皇支配の正当性なんて私にとってはどうでもいいし、そんなことよりとにかくサンカのことをもっと知りたいが、資料は恐ろしく少ない。
柳田国男が捨て身で実証に固執していたら、資料もちゃんと揃っていただろうし、そうすれば現在の民俗学はもっともっと多様性に富んでいただろうに。
こういう事情はどこの国も大なり小なり同じようなもので、「勝てば官軍」、歴史はかならず勝者の視線からのみ綴られていくし、敗者の文化はしだいに淘汰されていく。
旦那がフランスのノルマンディーの出身だが、祖父母の代には使われていたノルマン語も、半世紀ほど前にしばらく使用禁止令が敷かれて、現在はほぼ絶滅している。義理の母がノルマン語単語をいくつか覚えていて教えてくれたが、語源が明らかに英語だったのは13世紀初頭まで続いたノルマンディー公国のなごりらしい。

ずっと前に山中のど田舎の村に一ヶ月ほど滞在したことがある。
山には猿が100匹ぐらいいて、その村に住む友達は、猿が山で採れる食べ物の旬の中でもいちばん旬のものを先にとってしまうと言っていた。
村には薬草摘みの名人、たけのこほりの名人、鹿追の名人、川魚釣りの名人などがいて、薬草摘みたちは、貴重な薬草だけはどこで採れるかを絶対に口外しなかった。鹿追の猟師は、鹿を追って数日山にこもることもあるらしい。持ち帰った鹿は、肉も毛皮も角も全部使うのだけど、頭だけはそのまま地面に埋めるという。何か迷信的な意味があるらしいのだけど、その人にもう一度会えたらちゃんと聞いてみたいと思う。彼らのライフスタイルは、サンカによく似ている。ひょっとして本当にサンカの家系の人たちだったかも知れない。
同じ村には稲作中心の定住型の人たちもいて、先のサンカ型の人たちとは仲良くなかった。理由は、定住型の人たちが権力者だったこと、特に彼らは寺と強く結びついていて祭りの時などに権力を誇示していたかららしかった。寺はすべての住民から毎年何万円も徴収していた。それが嫌で村から出て行く人たちも多いらしい。
その村では、山の生活者と定住型の平地人のコントラストの構図がまだ形をとどめていたような気がする。
私は部外者だったし、どちらとも普通に接していたけども、仲が良かったのは気さくなサンカ型の方の人たちで、蛍を見に連れて行ってもらったり、鮎をもらったりした。
海外に長年住んでいる私が恋しく思う和食のトップ3がつねに
1位 山菜(ふきのとう、たらの芽、つくし、わさび菜)
2位 とろろ飯
3位 菜の花のからしあえ
と、3つとも山里の野草系なのは、遺伝子の何パーセントかにサンカがまじっているせいだろうか。それに私は山菜や貝を見つけるいい目を持っていて、今もマジックマッシュルーム狩りでは誰にも負けない!

サンカについて詳しく書かれているページ http://www.kumanolife.com/History/kenshi1.html#Anchorsankanoshiryou

松岡正剛の「NARASIA」プロジェクトは「日本の源流」ということをテーマにしている。ひどく戸口の広いテーマだが、下のイベントのゲストのひとり、歌人の岡野弘彦は、折口信夫の愛弟子だそう。折口信夫は柳田国男の友人(恋人?)だったし、もしかしてサンカのこともちらっと扱われるのかも知れない。日本にいたら聴きにいけたのに。


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┃NARASIA2011 うた・こころ・ものがたり┃
┃ 〜日本の源流と東アジアの風〜   ┃    
┃のお申込みは10日まで!       ┃
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昨年11月末にお伝えした「NARASIA」プロジェクト関連イベントの
お申込み期限が迫ってきました。
編集工学研究所NARASIAプロジェクト担当の広本から再度のご案内
を以下のとおりお送りします。

 N……A……R……A……S……I……A

今回のイベントは、古事記編纂1300年を記念し、松岡正剛が
「日本の源流と東アジアの風」をテーマに総合編集を手がける
2011年度「NARASIA」プロジェクトのグランドフォーラムです。

   【申し込み受付は1月10日まで】

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NARASIA2011
  うた・こころ・ものがたり〜日本の源流と東アジアの風〜

  2012年1月28日(土)、品川インターシティホールで、松岡正剛のナビ
 ゲーションによるトーク&パフォーマンスイベント「NARASIA2011 うた・
 こころ・ものがたり〜日本の源流と東アジアの風」を開催いたします。
  このイベントは2012年に古事記編纂1300年を迎える奈良県の主催。記
 紀万葉という日本の原郷と東アジとの交流の歴史をふまえて、言葉・音楽・
 舞踏・映像の共演によって、新しい日本の「うた」と「ものがたり」の様
 式を探ります。
  出演:岡野弘彦 (歌人)
     井上鑑 (作曲家・編曲家・演奏家)
     田中泯 (ダンサー)
     松岡正剛(編集工学研究所所長)
     荒井正吾 (奈良県知事)

フォーラムの詳細については、「セイゴオちゃんねる」をご覧ください。
http://www.eel.co.jp/seigowchannel/

お申し込みは2012年1月10日(火)まで!