ローマ 骸骨寺 santa maria della SS concezione 続き

きのうの続き。

人骨を何らかの目的で建築に使用した例は絶対に他にもあるはずだと考えていたら、そう言えば数ヶ月前にオランダ人のサイコジオグラフィーについて調べている友達からこんな話を聞いたのを思い出した。
以下の話の出典は、村上春樹の「スプートニクの恋人」だということ。

“『古代中国には立派な門をかまえ、周囲を高い壁に囲まれた都市があった。門は出入り口だけではなく、もっと重要な意義をになっていた。門には町の魂が宿ると信じられていた。少なくとも、魂が宿るのはその場所だと。中世ヨーロッパの人々も、教会と中央広場にその町の心が宿っていると感じていた。だから、中国には今も多くの素晴らしい門が残っている。中国の人々がどのように門を建てたか知っていますか?』

『人々は古戦場に車を引いて行き、地中に埋まったり地面に散らばっている白骨を集めた。中国はとても古い国だから古戦場はたくさんあって、探しまわる必要はなかった。人々は町の入り口に巨大な門を建て、中に骨を塗り込めた。戦死した兵士たちをしのぶことによって、彼らが町を守り続けてくれると信じていたのだ。それから、門が完成すると、犬を何匹か連れて来てのどを裂き、門にその血をかけた。乾いた骨に鮮血を浴びせねば、死者の魂は蘇生しない。少なくとも、そう考えられていた』”

昔の日本の都も中国から伝わった風水が取り入れられ、東西南北の門にはスピリチュアルな意味合いが込められていたけど、人骨の使用もあったのだろうか。

ミイラは世界各地にあって、フランスにも3体の聖人のミイラがそれぞれ教会に保管されている。日本には19体ものミイラ(即身仏)があるらしい。

そう言えば、前に岐阜県の横蔵寺というところに紅葉を見に行った時、妙心さんというお坊さんのミイラを見た。ミイラというのは腐らないように加工するのが普通だが、妙心さんのミイラは自然のままということでとても珍しいらしい。余談だけど、パリの友達が去年の夏にニューヨークへ行って、ミイラを作る技術を学ぶワークショップに参加したそうだ。